にがくてあまい午後

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
もくじ  3kaku_s_L.png Morning Glory
もくじ  3kaku_s_L.png Black short short
もくじ  3kaku_s_L.png DOWN BEAT
もくじ  3kaku_s_L.png 刻印-sin-
もくじ  3kaku_s_L.png あとがき
もくじ  3kaku_s_L.png 現実の林檎
  ↑記事冒頭へ  
←第14章    →試練
*Edit TB(-) | CO(-) 

水面の鳥ーBLUEBIRD-

第13章

その、新年初の、小説講座での事だった。

少し、電車に乗り遅れた澪は、グレーのボーダーのTシャツの上に、英国旗のプリントされた丈の短めのトレーナーとGパンを着て、これまた短い黒いダウンジャケットで、池袋の交差点で地団太を踏みながら信号待ちをしていた。と、後ろから肩を叩く人がいた。

(誰?)

澪が、少しむっとして振り向くと、そこには菱沼先生が、居た。

「こんばんは」

「こんばんは。・・・私も、少し遅れてね」

信号が青になって、交差点の人混みはまた正常に動き出した。澪は、ここぞとばかりに目をきらきらさせて、言った。

「先日、お渡しした小説ですが・・・」

「ああ、あれね」菱沼先生は欠伸をした。「発想は、面白い。群を抜いている。ただ・・・」

「ただ?」

「死んでいるんだ」

「・・・」

「感情がね」菱沼先生は、無情に続けた。「人間にありうべき、混沌がない。整理されすぎているんだよ」

「そう、ですか・・・」

「伊藤君の、今度の短編を読んで御覧なさい。何か、感じるところがある筈だ」

先生はそう言うと、澪には目もくれず、道路の先をすたすたと歩きはじめた。



澪は、その晩、奇特にも丁寧にしたエマルジョンのファンデと、ブラウンのアイシャドーと漆黒のマスカラと、ピーチのチークと深紅のグロスを、かなり落ち込んだ気分でオリーブオイルで落とし、化粧水をつけなおして乳液とクリームを厚めに塗って、エアコンの乾燥に備えた。気を取り直して、伊藤のHPを開くと。・・・成程、新しい短編がそこにはあった。「春の朝」。

題名はどうかなぁと、澪は思いながらも、珍しく謙虚な気分で、その短編を読み始めた。・・・気がつくと、父親が後ろからPCを覗きこんでいた。

「やめてよ」

「いや、何を勉強しているのかと思って」父親は、頭を掻きながらソファに戻った。

「・・・例の、小説講座の人よ」

「ファザコンの、か・・・」

「それが、そうでもないみたい」澪は続けた。「何となく、感情に揺れがあるわ」

「お前も、少しは大人になったな」

「そお?」

「・・・わたしは、大家族から出奔して、核家族を持って、失敗した」

「・・・」

「しかし」父親は続けた。「お前が、嫌っているその伊藤君は、大家族で暖かいものに囲まれて育ったんだろう。・・・だがね、そこには色んな事があるんだよ」

「色んな事・・・」澪は、フィアンセだった和夫の事を、ふと思い出した。「どんな?」

「戦わねば、ならんことがね」父親は、呟いた。「もう、寝るかね」

「ええ」

澪は、PCを閉じた。

(戦わねばならないこと)

(カウンセラーを親代わりにして来た私には、分からないこと)

(色んなこと)

澪は、その晩は、枕を抱いてあれこれと和夫の「ゲンカゾク」「カイゴ」「オタンジョウビオメデトウ」といった単語を、脈絡なく思いだしている内に、いつしか眠りについていた。・・・横に、新しい原稿用紙を置いたまま。

(なんだろう)

(なんなのだろう)

(私の、本当に書きたいものは、なんだろう)

都会の闇は、容赦なく押し寄せて来る。・・・気がつかない内に、初雪はしんしんとマンションを包むように、降り始めていた。
関連記事
もくじ  3kaku_s_L.png Morning Glory
もくじ  3kaku_s_L.png Black short short
もくじ  3kaku_s_L.png DOWN BEAT
もくじ  3kaku_s_L.png 刻印-sin-
もくじ  3kaku_s_L.png あとがき
もくじ  3kaku_s_L.png 現実の林檎
  ↑記事冒頭へ  
←第14章    →試練
*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←第14章    →試練

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。