2012.09.25 *Edit
就労支援所の仕事は、単調だが楽しかった。
澪の仕事は、社員食堂のメニュー作りだった。・・・親切な痩せぎすの尾登さんは、いつも残りものを澪にくれた。夕飯は大抵それで済ました。余裕がある時は、時々父親を呼んだ。
その夏の暑さは、下旬のある日急に峠を越した。
驚くほど涼しくなったその夏の終わりに、澪のマンションの近くにある沼の畔にあるT記念館で、「うみねこ堂」の詩の朗読会があった。記念館には冷房も暖房もないところを、心配したのか気を使った、地元の詩人の棚原さんという人が、記念館の紹介のついでに、澪たちにウーロン茶とロックアイスを差し入れてくれた。それで、十分涼は取れた。
紗生は、お腹が大きくなっていた。
「5ヶ月なの」
そう語る紗生は、誇らしげでもありまた、恥ずかしげでもあった。
帰り道、「梅泉」で、鰻のかば焼きを食べながら、澪は言った。
「おめでとう」
「うん」
「・・・10年目に、やっと出来て・・・よかった」
「分からないのよ」
「え?」
「どっちのなんだか」
「・・・」
「でもね」紗生は続けた。「赤ちゃんって、『授かりもの』じゃなくて、『預かりもの』でしょう。だから、私、生むことにした」
「・・・そう」
「うん」
「頑張って」
「頑張るよぉ、妊婦さん」紗生はようやく持ち前の明るさでにこっと笑った。
梅泉を出ると、日差しが眩しかった。
「涼しくなったね」
「うん」
「蕎麦の方がよかったかな」
紗生は、何も言わずに頷くと、(でも、精をつけなきゃね)と小さな声で、言った。
杏子さんが辞めたのは、猛暑の最中だった。
「どうしてまた・・・」
「関西にいる、親戚に手伝いに呼ばれているそうだ」
「・・・お父さんは、どうするの?」
「また、他の人を探すさ」父親は伸びをするように言った。「あれは、いい人だった、が・・・」
「ゴメンナサイ」澪は小さな声で言った。
「いいよ。お前の料理もうまくなったし、わしは午前中だけ別の人を頼むよ」
「家・・・苦しいの?」
「いやいや」父親は慌てて言った。「お前が当分暮らせるだけの蓄えはある。何も、心配する事はない。・・・私が、生きている内に嫁に行ってくれるのだけが望みだ」
「・・・」
「例の」父親は続けた。「男の子はどうしたね?」
「・・・音沙汰ないわ」
「ふん」父親は言った。「まぁいいさ。出会いはまたある。焦らんことだ。・・・焦ると、おかしなのがくっついて来るからな」
「はい」
「・・・お前の絵本だが」
「はい」
「よく、探し当てたなぁ」
「え?」
「・・・あれは、いい出版社だ」
「ありがとう」
「挿絵を描いてくれる人は、あてはあるのかね?」
「ええ。・・・岩手にいる画家の方が、ネットであれをみて『挿絵を描きたい』と仰っているの」
「信用できる人だと、いいんだがな。涼しくなったし、一度会おう」
「はい」
澪の、狂ったように暑い8月は、終わりを告げようとしていた。
澪の仕事は、社員食堂のメニュー作りだった。・・・親切な痩せぎすの尾登さんは、いつも残りものを澪にくれた。夕飯は大抵それで済ました。余裕がある時は、時々父親を呼んだ。
その夏の暑さは、下旬のある日急に峠を越した。
驚くほど涼しくなったその夏の終わりに、澪のマンションの近くにある沼の畔にあるT記念館で、「うみねこ堂」の詩の朗読会があった。記念館には冷房も暖房もないところを、心配したのか気を使った、地元の詩人の棚原さんという人が、記念館の紹介のついでに、澪たちにウーロン茶とロックアイスを差し入れてくれた。それで、十分涼は取れた。
紗生は、お腹が大きくなっていた。
「5ヶ月なの」
そう語る紗生は、誇らしげでもありまた、恥ずかしげでもあった。
帰り道、「梅泉」で、鰻のかば焼きを食べながら、澪は言った。
「おめでとう」
「うん」
「・・・10年目に、やっと出来て・・・よかった」
「分からないのよ」
「え?」
「どっちのなんだか」
「・・・」
「でもね」紗生は続けた。「赤ちゃんって、『授かりもの』じゃなくて、『預かりもの』でしょう。だから、私、生むことにした」
「・・・そう」
「うん」
「頑張って」
「頑張るよぉ、妊婦さん」紗生はようやく持ち前の明るさでにこっと笑った。
梅泉を出ると、日差しが眩しかった。
「涼しくなったね」
「うん」
「蕎麦の方がよかったかな」
紗生は、何も言わずに頷くと、(でも、精をつけなきゃね)と小さな声で、言った。
杏子さんが辞めたのは、猛暑の最中だった。
「どうしてまた・・・」
「関西にいる、親戚に手伝いに呼ばれているそうだ」
「・・・お父さんは、どうするの?」
「また、他の人を探すさ」父親は伸びをするように言った。「あれは、いい人だった、が・・・」
「ゴメンナサイ」澪は小さな声で言った。
「いいよ。お前の料理もうまくなったし、わしは午前中だけ別の人を頼むよ」
「家・・・苦しいの?」
「いやいや」父親は慌てて言った。「お前が当分暮らせるだけの蓄えはある。何も、心配する事はない。・・・私が、生きている内に嫁に行ってくれるのだけが望みだ」
「・・・」
「例の」父親は続けた。「男の子はどうしたね?」
「・・・音沙汰ないわ」
「ふん」父親は言った。「まぁいいさ。出会いはまたある。焦らんことだ。・・・焦ると、おかしなのがくっついて来るからな」
「はい」
「・・・お前の絵本だが」
「はい」
「よく、探し当てたなぁ」
「え?」
「・・・あれは、いい出版社だ」
「ありがとう」
「挿絵を描いてくれる人は、あてはあるのかね?」
「ええ。・・・岩手にいる画家の方が、ネットであれをみて『挿絵を描きたい』と仰っているの」
「信用できる人だと、いいんだがな。涼しくなったし、一度会おう」
「はい」
澪の、狂ったように暑い8月は、終わりを告げようとしていた。