にがくてあまい午後

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水面の鳥ーBLUEBIRD-

第33章

大晦日、澪は駅前のデニーズで卓也を待っていた。

ひょろりとした姿が、自動ドアの向こうに見えるとすっとガラスは左右に開いた。

「お待たせ」

「いいえ」

メニューを開きかけた卓也を、澪は制した。「家に、天ぷら蕎麦用意してあるの。だから、あまり食べないでね」

卓也は、タピオカティーを頼むと、ほとんど一気に飲み干して、滑るように立ち上がり、澪と自分の勘定を払った。

外は、冷気が冷たかった。澪が何とはなしに、そっと卓也の手を取ると、卓也は倍の力で握り返してくれた。澪は嬉しかった。

「あのね・・・」

「ん?」

「神社、お参りする?」

「まだ、早いだろう」

それから二人は、手を握ったまま大通りを黙って歩いた。10分ほどして着いた澪のマンションは、ひときわ暖かかった。澪は、天ぷら蕎麦をキッチンで温めた。それから、冷凍庫から鯖の押し寿司を取り出した。

「これも食べる?」

「痩せの大食いでね」

「いいのよ」

2人が、天ぷら蕎麦をこたつで食べながらTVのスイッチを入れると、丁度紅白が始まった時間だった。

「・・・憧れてたの」

「え?」

「こうやって、誰かとこたつで紅白見るの・・・。実家の両親は、紅白嫌いだったから」

「そっか」

「嬉しいなぁ」

「繰り返すなよ」

「え?」

「俺はね」天ぷら蕎麦のつゆを飲み干しながら、卓也は言った。「高校に行く金すら出してくれない両親で、さ」

「そうなの・・・」

「アルバイトで、必死に稼ぎながら何もかも自分の力で成し遂げてきた。それには誇りを持ってる。でも」

「でも?」

「・・・屋根がある、って言う感覚、初めてなんだよ」

「ホームレスみたいな?」

「そうだね。そんな気持ち」

それきり二人は、あれこれ屈託なく身の上話をしながら歌手たちを見ていた。あっという間に、時間は過ぎた。トリのSMAPが歌いはじめると、卓也はマフラーを首に巻き始めた。

「寒いの?暖房、強にするわ」

「いや」

「・・・帰るの?」

「うん」卓也は上着を着ながら言った。「お前の好きな歌手、ホモって噂あるから気をつけろよ」

「ええ?」

「付き合う訳じゃないとは思うけど」灰色の上着のボタンを留めながら卓也は言った。「こんなとこで帰るなんて、ひどい男だな。合気道の年越し稽古があるんだよ」

「そう・・・」

立ち上がった卓也と澪は、向き合う形になった。卓也は澪を優しく抱きしめた。澪は、初めて感じる無事な抱擁の感覚に、なんとも言えない安らぎを覚えた。「ありがとう・・・」

二人は、長い口づけをした。「帰らなくちゃな」

「ええ」

澪は、卓也から体を離した。「俺、本当は草食系でさ」卓也は靴を突っ掛けながら言った。「うまく履けない」

「だいじょうぶ・・・」

「言わないで」卓也は言った。「帰りたくなくなるから」

澪は、黙ってドアのノブに手をかけた。「またね」

「いつ、来れるか分からないけど。・・・遠いからな。でも、必ず来る」

澪は、後ろから卓也に抱きついた。「やめろよ」

「いや」

二人は、今度はディープキスをした。卓也は、思い切り澪の口を舌で塞いだ。澪は、恍惚とした。

「じゃあな」

「本当に・・・」

「帰るよ」

卓也は、振り切るようにドアを閉めると出て行った。澪は、寝室に戻ると、自律神経失調症でいつも冷えていた、足のつま先まで暖かくなっているのに気がついた。

(ありがとう)

(ありがとう)

澪が、気がつくと廊下に、卓也が落っことして行ったらしい放射線測定カードがあるのに気がついた。澪は、カードを裏返して絶句した。

・・・真っ黒になると、被爆の危険信号であるらしいそのカードの四角い部分は、殆ど焦げ茶色に近くなっていた。
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