にがくてあまい午後

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第14章

その夜は、まんじりともせず明けた。じんじんと頭痛がする頭を抱えて、葵が目を覚ますと、知らない内にメールがスマートフォンに一通入っていた。

「また、血を吐いた。愛する葵へ」

むろん、差出人は主税だった。

葵は、急いでキッチンに向かうと、あまり慣れない手つきで鮭を焼き、ホイルに包んだ。それから、卵焼きを焼いて、ほうれん草の胡麻和えと一緒にタッパーに詰めた。白飯と、梅干しと鮭を入れると、インスタントの味噌汁を添えて、小さな風呂敷に包むと、ドアを閉めて駅に向かった。

息は白く、新宿までの始発は空いていた。

凱男のマンションの前で、髪を直し少々戸惑った後、オートロックの番号を押すとすぐに声がした。

「待ってたよ」

自動ドアはぱっと開いた。エレベーターに乗り8Fのボタンを押し、駆けつけるように凱男の部屋のベルを押した。

「や・・・あ」

「せんせい」

「助かった」凱男は少しふらついていた。「ありがとう」

「じっと、していて下さい」

凱男は、リビングの椅子に座ると葵が風呂敷を広げ、インスタントの味噌汁に湯を注ぐのをじっと見ていた。「君、中学生みたいだね。憧れの、先生のところに来る」

「黙っててください」

「叱られてるみたいだ」駄々っ子のように、凱男は呟いた。「出来ました」

鮭と卵焼きはまだほんのりと暖かいようだった。

「君、料理上手いじゃない」

「え・・・?」

「おいしいよ、この、胡麻和え」

「そうですか・・・」葵はほっとした。「なんで、来たの?」

「え?」

「ああいうこと、もう一度したかったの?」

「違います」

「ふふ、男はね、相手が変われば何回でもできるんだよ」

「・・・」

「して、あげようか」

「いいです」

「そう、言わずに」凱男は箸を置くと、葵に顔を近づけた。「お礼のキスだけ」二人は啄むようなキスをした。

「本当に、中学生に戻ったみたいだ」

「そう、ですか・・・」

「家のおふくろ、僕が高校生の時家を出てってね」

「・・・」

「父親は、毎日酒を浴びるように飲んでた・・・」凱男は咳込み始めた。「少し、黙ってて下さい」

「了解」凱男は、それきり黙ると、片づけをする葵の後ろ姿を見ていた。

「君・・・」

「え?」

「何で来たの?」再び、凱男は尋ねた。「愛してる、って言うの、真に受けたの?」

「いいえ」

「じゃ・・・」

「心配、だからです」

「そう」凱男は幸せそうに笑った。「いつも、そういうお顔ならいいのに」

「・・・」

「それじゃ、帰ります」

「原稿返すよ」

「え?」

「君ね、僕のこと、疑ってるでしょう」

「・・・」

「でもね」凱男は少々弱った声で言った。「僕、もう君の原稿、頭の中に入っちゃっててね、すっかり」

「いいんです」

「・・・」

「私でお役に立てるなら」

「そうか」凱男は呟いた。「とにかく、助かったよ。冷蔵庫にフォアグラとフランスパンと、チーズフォンデュとワインしか、なくてね」

「・・・内臓に悪いわ」

「その通り」凱男は立ち上がった。「お医者様は・・・」「一人で、行ける」

「そうですか・・・」

「帰んなさい。ご家族が心配するよ」

「いないんです」

「え?」

「父は、私を殴るので警察に連れていかれました。母は、別の男のところへ」

「そうか」凱男は顎を下げた。「悪い事を聞いた。原稿持って、行きなさい」

葵が、ドアを開けようとすると凱男は後ろから抱きついた。「だめです、今日は」「はは」それきり、手を離すと冗談のような手つきで凱男はドアを開けた。

「また、待ってるよ、授業で」

「さようなら」

朝の新宿の空は、白っぽく晴れていた。
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