にがくてあまい午後

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第20章

まだ肩を震わせたまま、起き上がった葵の上にふわりと自分のジャケットを毛布代わりに掛けると、凱男は優しく葵を抱き起した。

「君、敏感だね」

「え・・・?」

「これじゃ、僕の調教についてこれるかどうか。あのローターね、一番振動が弱いタイプなんだよ」

「・・・」

「もっともっといたぶりたいのになぁ」

「足が、冷えます」葵はぽつんと言った。「自律神経失調症かい?よくないね」

「子どもの頃・・・父に殴られていた頃、よく、なりました」

「それは恐怖だね」と、何気なく凱男は言った。

「はい」

「・・・」数分、沈黙した後凱男は言った。「今日の短編、よく出来てたよ」

「はい!」

「ああ。・・・あれは、元ネタは『ミリオンダラーズ・ベイビー』だね」

「お分かりでしたか」

「洋画は大好きでね。意味が解釈できるまで何度でも何度でも見る。一番好きなのは・・・『キャスト・アウェイ』」

「?」

「トム・ハンクスが漂流者になるんだよ。誰もいない無人島に辿りつく。4年間、生き延びる」

「・・・」

「そしてね」凱男は続けた。「バレーボールしか話相手がいないんだ」

「バレーボール?」

「そう」

「・・・」

「そのバレーボールが、ひとりぼっちで気の狂ったハンクスの恋人代わりになるんだよ」

「そう、ですか」

「もう、帰りなさい」凱男はふっと後悔したように言った。「終電、ぎりぎりの筈だ」

西武池袋線に乗った葵は、髪が乱れているのを気にしながら、狭い車内でごとごとと酒と煙草に匂いのする男達に囲まれて、躰も心も揺られていた。

(先生だけが悪いのではない)

(私の中にもあさましいものがあった)

(自分の都合のいいように、快感を味わいたいと言う気持ちが)

でも。

これは。

本当に快感なのだろうか。

葵がマンションに帰りつき、いくら風呂で躰を温めても、脚先は氷のように冷え切ったままだった。父の怖い顔がふと思い出された。

(いやだ)

(ようやく)

(あの実家からこの、安全な場所に逃げて逃げて辿りついたのに)

キャスト・アウェイ。

葵は風呂から出ると、髪を乾かし直して、思い切って普段着に着替えドアを開けると、近くのTHUTAYAに歩いて行った。果たしてそれはあった。

「一週間、400円です」

「はい」

深夜見るその映画は、興味深かった。

(バレーボール、か・・・)

まるで私のようだ。

先生に、初めて目と鼻と口をつけてもらったバレーボール。

・・・凱男に出会ってから、無表情な自分の顔に表情が出てきて、講座でもいつの間にか友人が増えてきたことに、葵は思い当っていた。聴覚も嗅覚も鋭くなって来ていた。

(先生は)

(私が思っているほど)

(私をみそっかすだとは思っていないのかも知れない)

布団にもぐりこむと、知らず知らず少しずつ足先が温まってきていた。葵は、夢のない深い眠りへと沈みこんで行った。
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