にがくてあまい午後

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籠の鳥ーJAILBIRD-

第二十九章


憂鬱な、その年の瀬が過ぎた。

大晦日になって、ようやく桂さんはやって来た。

「秋村桂子です。よろしく」

そう言って、桂さんはこのすさみきった台所で、明るい笑顔を見せた。・・・40ちょっと過ぎに一見見える桂さんは、実際はあと1年で60才だった。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

そう言って、また桂さんはにっこりした。「何が、食べたい?」

「え・・・」

亜美は、びっくりした。自分の好みを、人に聞かれるのは初めてだった。

「冷蔵庫の中身からして、そんなに大したものは出来ないけれど・・・。おせち、何が食べたい?」

「これこれ」

父親が、割り込んだ。「そんなものは、デパートで買ってくればよろしい」

「経済ですよ」桂さんは、言った。

「わたし、錦玉子が食べたいです」

「・・・分かった。それだけ、スーパーで買ってくるわね。あとは、煮しめを作りましょ」

桂さんは、そういうと、派手な黒のTシャツとジーンズに、エプロンをして、あたふたと出かけて行った。

「ふん、いい人そうじゃないか。・・・さて、私はカラオケに行ってくる」

父親も、玄関から姿を消した。亜美は、玄関マットの上に座り込んで、この信用出来そうなヘルパーさんの帰りを、待った。

30分ほどして、大きなスーパーの袋を抱えて、桂さんは帰って来た。

「あらまぁ、そこで待ってたの?」

「はい」

「ちょうどいいわ。ちょっと、手伝ってね」

亜美は、桂さんと一緒に、スーパーの袋の中身を冷蔵庫に詰めた。桂さんは、ブラックコーヒーの缶を中から1個取りだすと、ごくんと飲みほした。

「飲む?」

「はい・・・ええ」

亜美も、真似してブラックコーヒーをラッパ飲みした。「お砂糖、欲しいです。それとミルク」

「おこちゃまねぇ。ま、いっか。ガムシロは今度買ってくるわ」

桂さんは、牛乳をグラスに注いでくれた。亜美は、そこに缶コーヒーの中身を入れた。桂さんは、それを見て言った。

「今度、家にある、コーヒーメーカー持ってくるわね。淹れ方、教えてあげる」

すっかり、嬉しくなった亜美は言った。「ありがとう」

「いいのよ。さてさて・・・」

桂さんは、手際良く鍋を火にかけると、だしを入れた。「亜美さん、疲れた?」

「ええ、少し・・・」

「ずっと、待ってたんだものね。いいわよ、寝てて」

亜美は、1週間ぶりにほっとして、自室に上がった。PCを開きかけたが、途中でやめてしまい、珍しく古いCDをかけた。イーグルスの、「デスペラード」を聞いていると、階下から声がした。

「お味噌汁、出来たわよ。あと、年越し蕎麦も買って来たわ」

何だか、急にホームドラマの世界に迷い込んだみたい、と、亜美は思った。桂さんの、白いご飯とお味噌汁と、さんまは美味しかった。

「スーパーで、天ぷらも買って来たわよ」

(スーパーで、天ぷらを買う・・・?)亜美は、内心不思議に思いながら、ビニールの袋を覗き込んだ。

「桂さん、子どもいらっしゃるの?」

「あはは、もちろん、いるわよ。旦那とは離婚したけどね」

「ごめんなさい」

「いいのよぉ」桂さんは、また笑った。

「この家に来るまでは、W市の大きなショッピングセンターの会長の家にいたのよ。・・・それから、ヤクルトおばさんやったり、ニトリで働いたり、何でもしたわよ」

「・・・うん」

「人間、何やったって、生きて行けるってね」

「うん」

「わたし、結構面白い人生送って来たよ。さて・・・。亜美さん。そばつゆ、作ってみる?」

「出来るかな・・・」

「無理は言わないわよ。自信なかったら、横で見てなさい」

亜美が、年越し蕎麦作りを見物していると、電話が鳴った。「お母さんかな・・・」

「え?」

「いいの、いいの。出ちゃいけないって、お医者さんに言われてるの」

「ふぅん」

桂さんは、蕎麦を取り出して言った。「色んなことがあるよね」

亜美は、ぽろぽろ涙がこぼれてきた。

「どうしたの?」

「ううん、ううん・・・」

「無理しなくていいよ、亜美さん。また、部屋でイーグルス聞いてなさい」

「知ってるの・・・?」

「わたし、結構気が若いのよ。・・・そうだ、亜美さん、古い映画好きなんだって?」

「え?ええ」

「『五つの銅貨』、あるかな。大好きなの」

「・・・探してみる」

亜美は、書庫に行った。『五つの銅貨』は、なかった。再び、PCを開き直して、アマゾンで検索すると、少々高かったが中古のVTRが売りに出ていた。亜美は、即座にカートに入れた。

(これに、しよう・・・。)

亜美が、初めて信用する人にあげるプレゼントだった。
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