にがくてあまい午後

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籠の鳥ーJAILBIRD-

第三十三章


しかし、診察日を待つまでもなく、大ヶ丘先生の面談の日がやって来た。

「ヴィーボか。うむ、知っているよ」

「本当ですか?」亜美は、身を乗り出した。

「すぐここのそばにあったからね。・・・今は、U区に移転したようだが。あそこをやっているご夫妻は、人格者だよ」

「ご夫婦・・・?」

「ああ」大ヶ丘先生は言った。「夫婦で経営なさっているんだ。もし、行きたかったら区役所の支援課に相談なさい。・・・ドクターの許可を取ってね」

どくとるマンボウも、言った。「いい、事だが。亜美ちゃん、体力続くかな・・・?」

「はい」

1週間後。残暑のきつい火曜日に、支援課の職員と亜美は、家から30分歩いた、住宅街の雑居ビルの前に立っていた。品のいい感じの老紳士が、ビルの前で箒と塵取りを持って、道路の掃除をしていた。

(掃除のおじさんかなぁ・・・)と、思いながら亜美は挨拶した。「こんにちわ」

紳士は、軽く目を上げて言った。「はじめまして。新しい人かな・・・?」

「は?」

「ヴィーボの田中です」

亜美は、慌てた。「所長さんですか・・・?」

「そうですが」

「すみません。」亜美は、真っ青になって言った。「今日、入所の面談に来ました嵯峨です」

「わたくし、支援課の杉江です」

「聞いとるよ。まぁ、入りなさい。・・・外は、暑い」

中に入ると、部屋はごたごたしていたが、想像していたよりずっと広くて綺麗だった。亜美は、ブラウンのソファに、杉江さんと一緒に腰を降ろした。すぐに、てきぱきした感じの老婦人が、入って来た。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」田中夫人は、にこっと笑った。「田中芳子です。家の人、掃除のおじさんだと思ったでしょう?」

「いえ・・・」

「いいの、いいの。・・・この人、ここの用務員さんだから。それで、さゆりちゃんの昔のお友達?」

「はい」

「ヴィーボというのはね」田中夫人は、急に真剣に言った。「『生きる』という、意味です」

「はい・・・」

「あなた、お菓子作り好きなのかな?」

「はい。・・・あの、なんとお呼びすれば・・・」

「ここでは、芳子さんと呼ばれているわ」

「芳子さん」

「はい?」所長さんは、黙って話を聞いている。

「私、針仕事は、苦手で・・・」

「コーヒー、入れられる?」

「それは、出来ます」

「よかったわぁ」芳子さんは、言った。「誰でも、まずコーヒーからね。今日から、淹れてみる?」

「おいおい」所長さんは、言った。

「1杯150円なのよ。今月の末までは、アイスコーヒーね。それで、お給料も出るの」

「お給料・・・」

「働いていたこと、ある?」

「アルバイトなら、あります。・・・もう、15年前ですが」

「じゃ、話が早いな」

亜美は、おずおずと隣の調理室に入った。皆、三角巾とエプロンをして、忙しそうに立ちまわっている。「嵯峨です・・・」

「こんにちわ」

「こんにちわ」みんなが、こっちを向いて挨拶してくれた。亜美は、心底ほっとした。桂さんが買ってくれた、TシャツとユニクロのGパンのお蔭かも知れない・・・。

亜美は、おぼつかない感じで、芳子さんの指示する通りに、4杯のアイスコーヒーを作った。足の力が抜けてふらふらになった。

「なかなか手際いいじゃない。・・・運ぶのは、他の人にやってもらうわ」

(桂さんの、コーヒーメーカーのおかげだわ・・・)亜美は、ぐったり椅子に腰を降ろした。

「おいしいよ」

「おいしい」

気さくに、みなが返事をしてくれた。・・・嬉しかった。しかし、こんな人ごみの中で働くのは、本当に15年ぶりだ。

「疲れちゃったかな・・・」芳子さんは、昔見た洋画の女優の、ジーン・アーサーのように笑った。

「はい」

「今日は、ここまで。面談室に、戻りましょ」
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