にがくてあまい午後

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Morning Glory

その14

「はじめまして」

「はじめまして」

浩司は、疲れ果てた笑顔で、にこっと笑った。「レイコちゃん、可愛いよ」

「ありがとう・・・」

「とんかつ、食べに行こうね」

「うん。・・・この駅の、2Fでしょ」
 
「よく知ってるなぁ。じゃ、行こう」

浩司の後について、あたしは歩き出した。・・・浩司の、子どもみたいに。そう、歩いている内に、心に染みてきたのは・・・

あの、浩司の優しさは。

赤ン坊みたいなあたしを「あやす」のが上手かったのは・・・。

全部全部、「家庭」を持ってる男の・・・現実に子どもを持ってる男の、余裕だったのだ。

あっという間に、和幸には着いた。

「いらっしゃいませ」

「和幸定食2つね」

浩司は、先に注文すると席に座った。・・・あたしも座った。しばらくすると、とんかつが運ばれてきた。店内は、空いている。

あたしたちは、とりとめのない当たり障りのない会話をした。

「子ども、好き、浩司?」

「うん」

「ずいぶん、ラフな格好だね・・・。」

「だって、休日だもん」

「仕事、今日はないの?」

「うん、お休みだよ。レイコちゃんは?」

「あたしはサボリ」

「サボリ?だめじゃない」浩司は、ちょっと驚いた口調で言った。

あたしは。

嬉しかった。・・・正直、嬉しかった。浩司が、あたしと普通に話してくれて、美味しそうにとんかつをほおばるのを見ていて、幸せだった・・・。

でも。

なんだか。

この、疲れた背広の浩司と、ホテルに行きたく、なかった。そこには、なんとなく、バーチャルでは感じなかった、大きな壁があったのだ。そう、"不倫"と言う名前の。

あたしが迷っていると、浩司の携帯に着メロが、鳴った。

「ちょっと待っててね、レイコちゃん」

浩司は、わざわざトイレに立った。・・・あたしは、直感で思った。(奥さんだ・・・)

暫くして、また疲れた顔で帰って来た浩司は、言った。

「そろそろ出ようか」

「うん・・・」

この、駅のすぐ前には、ラブホがある。・・・でも、あたしは知らんぷりして、目線を素通りさせると言った。「スタバでお茶飲もうよ」

「うん」浩司は、半分ほっとして、半分残念そうだった。

スタバは、混んでいた。あたしは思い切って、一番高いオレンジハニーラテを注文した。浩司は、ソイラテを頼んだ。

「浩司・・・」

「うん?」浩司は、少しがっかりしたような視線をホテルに投げかけながら、言った。

「理想の奥さん、見つかった?」

「いや、まだだよ」

「そう」

会話は、そこで途切れた。・・・あたし達は、黙って、暖かいコーヒーを飲み干した。

「そろそろ行こうか」

「うん」

駅が、すぐ目の前にある。あたしは、紙袋をごそごそして言った。「待って」

「うん?」

「これ、あたしが焼いたパネトーネ。・・・よかったら、食べて」

「そうするよ」

浩司は、軽い筈のパネトーネを、重たそうに受け取った。

「じゃあね、レイコ」

「ばいばい、浩司」

浩司の後ろ姿が、駅の構内に消えてゆく。浩司は、また鳴りだしてるらしい携帯に向かって、パネトーネの袋を片手に話してるのが、遠目に見えた。

あたしは、ふいに泣きたくなった。・・・でも、涙は出て来なかった。

3日後。浩司から短文のメールが来た。

「俺、結婚しました。」

「おめでとう浩司」

「ありがとうレイコ」

そしてあたしは。次の日、2時間かけて海へ行った。電車は、ごとごと揺れてつらかったけど、我慢した。

海は。

とてもとても綺麗だった。

あたしは、波打ち際に立って、浩司との思い出が、全部つまった携帯を、ぽーんと出来るだけ冷たい冬の海へ、放り投げた。・・・それから、うずくまって1時間泣いた。

浩司。

浩司。

あたしの神さまだったひと。・・・お父さんだった人。

ありがとうさようなら。
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